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田崎 あれからサンウエーブはLIXILになり、社外的には”Human Fit®テクノロジー”という言葉も目にする機会が減りましたよね。僭越ながら名付け親としては少々寂しく感じていたんですが、数年前にLIXILキッチンの別の担当者とお会いする機会があり、初対面だった彼と話していたら話の中で「LIXILキッチンは他社とは違いますよ。私たちには、”Human Fit®テクノロジー”という独自の技術があるんです。」とお話しになったんです。ちょっと嬉しかったですね。

田口 そうですか、それは私も嬉しいですね。2009年にリスキーブランドさんから技術ブランドの提案があったときは、社内で技術ブランドという考え方を展開する状況ではありませんでした。2010年に発売されたリシェルそのものは好調でしたが、同じタイミングでサンウエーブは住生活グループに統合され2011年にLIXILが誕生しました。落ち着いて技術ブランドを育成する余裕がなかったことも正直あります。

でも、ここにきて”Human Fit®テクノロジー”という言葉がLIXILの技術ブランドとして成長していると感じています。”Human Fit®テクノロジー”は、工務店などサブユーザーと言われる業者様や、まだ一部ですがエンドユーザーのお客様にもLIXILキッチンの品質をご理解いただくための導入として寄与しています。

開発側にいる私としては、何よりも開発を進める上での技術思想として、明文化された形として社内に定着したことが大きいと感じています。

良いキッチンを作ることはいつの時代も私たちの一番のテーマですが、”Human Fit®テクノロジー” という言葉ができたことで、開発の方向性が共有できたことは大きいですし、行動観察を軸とした開発プロセスもレベルアップしていると感じています。

田崎 技術ブランドは、社内で長期的に取り組み続けなくてはいけないテーマということですかね?ある意味かなり大変ですよね。

田口 広告やプロモーションと違って、ブランドって変わらないじゃないですか。今シーズンの広告、期間限定プロモーションっていうのはあるけど、今シーズンのブランド、期間限定のブランドってのはないですよね。結構長い期間存続するのがブランドだと思うので、ウソがあってはいけない。ブランドって、開発者も性根を据えて取り組まなくてはならないテーマですし、ブランド化された技術思想や工程というのは、ある意味自分たちの誇りにもつながると思います。

もちろん大変なことかもしれませんが、開発の目標にもなりますし、励みにもなると考えています。

独自性の高いLIXILキッチンの開発を支える”Human Fit®テクノロジー”

田崎 “Human Fit®テクノロジー”という思想や工程で開発された具体的な事例を、いくつかお聞かせいただけますか?

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田口 まず「らくパッと収納」ですね。これは、引き出しが大きいのですが、テコの原理で開けるようにしているので、小さい力で開けることができるということと、全開しなくても使用頻度の高いものはさっと出せるということ。例えば、これも行動観察でわかったことなのですが、下ごしらえのときに、まな板と包丁と、その他の器具を使うとしたら、それを全部別のところにしまっていて、あっちを開けたりこっちを開けたりしていたのです。やっぱり1回で使うものを1箇所開けるだけで全部そろえることはできないかということで開発しました。

あとは使用頻度ですね。いちばん使用頻度が高いのは「S席」として最も出し入れのしやすい場所に入れたい。続いて「A席」、「B席」。いちばん使用頻度が高い、ちょっと使ってパッとしまえるようなものは「S席」として一番手前のポケット収納に入れることで、少し開けただけでさっととれる。大型の調理器具はだいたい調理の時に最初に出して最後までずっと出しっぱなしになっているので、「B席」として下段の引出しに。というようなことを行動観察で見つけていくんです。使用頻度やモノの滞留時間と言ってこの調理器具は出てから何時間ここにあるのか、などという分析をして、何をどこに入れるかを決めていったということです。

田崎 水回りの機能にも、”Human Fit®テクノロジー”が活かされているでしょうか?

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田口 もちろんです。キッチンでは水回りの仕事が行動の36%を占めているのでとても大事ですね。このシンクはダブルサポートシンクといって、今年の新商品です。シンクでは洗い物だけではなく下ごしらえなどの水を使った調理作業も行われるので、シンク内に上下2段のレーンを設け、プレートやカゴを使うことで調理も後片付けも水じまい良く機能的にできるよう考えてあります。またこのシンクは底面に段差があって、「ナイアガラフロー」といううちの特徴になっています。普通のシンクは小さい排水のところに向かって円錐状に傾斜がついているんですけれども、これはそうではなく、シンクの奥に幅広の排水のための溝を設け、シンク底に散らばったゴミなどがそこにまっすぐ最短で流れるようにしているんです。排水溝にはすごくきつい傾斜がついていてそこから一気に排水口に流し込みます。流体解析などもしながら独特の面の貼り方で作っています。また、1回落とし込んだものが跳ね返らないよう、堰(せき)を設けています。

それから水栓にも工夫があります。これまで蛇口の上に手をかざすと水が出て、また手をかざすと止まるという水栓があったんですけど、今回はそれにプラスして下向きのセンサーをつけて、手を差し出すと水が出て、外すと止まるという水栓を作ったんです。公衆トイレなどでは普通にありますが、キッチンの自動水栓ではなかったんですよね。

これを開発しようと思ったのは、食器洗浄器ユーザーの行動観察をしていたときでした。食洗にセットする前に必ず残滓処理とか予洗いみたいなのをするんだなぁということはわかってきて、そのときに、ある人はずっと水出しっぱなしでやっていてこれは水の無駄だなと思ったり、几帳面な人はいちいち片手で水を止めて、セットして、また水を出してということを何十回もやっていたので、それは労力がかかるなぁと感じました。だったら、モノを差し出したら水が出て、なくなったら止まるというのを作ろうと考えました。

几帳面な人は40数点もの食器を洗うのにいちいち(水を)止めたり出したりしていたので、これを使ったら操作回数が激減するということですね。あと節水効果もありますし。

“Human Fit®テクノロジー”によって生まれた機能は、他にも、ひろまるコンロ、2ウェイクローゼット、クイックポケット&クイックパレットなど数多くありますし、現在進行形で開発し続けています。

“Human Fit®テクノロジー”の今後

田崎 “Human Fit®テクノロジー”の今後について田口さんのお考えを聞かせてもらえませんか?

田口 キッチンは大げさにいえば昔から存在した歴史が長い製品です。IT製品と違って日々びっくりするような進化を遂げていくというものではありません。とはいえ、行動観察を通じてLIXILも様々な提案を行ってきました。今後、もうこれ以上はないという段階がくるのかどうかわかりませんが、いまのところまだまだありますよね、使っている人も気付いていないようなところが。逆にいうと、行動観察などを通じて、何でこんなことを強いているんだろう、もっと心地よくキッチンを使ってもらえるのにという部分をもっともっと気付いていく必要があると考えています。

田崎 ITやIoTが、キッチンを変える可能性があるでしょうか?

田口 可能性は十分あります。ただエネルギーのマネジメントとかセキュリティとか、そういう方面に走ってしまうことが往々にして考えられます。それももちろんいいと思うのですが、ご家庭などで料理をし、食事をし、そして後片付けをするなかで、そこにいる人が笑顔でいられることが一番素敵なことだという信念を忘れたくないと思っています。それに対してLIXILがお手伝いできることをいつも考え、より良いものを提案していくことだ大事だと考えています。

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田口 哲(たぐち さとし)
株式会社 LIXIL
LIXIL WATER TECHNOLOGY JAPAN
キッチン事業部 キッチン商品部 デザイングループリーダー

<プロフィール>
サンウエーブ工業株式会社入社後、キッチンの商品開発に携わる。デザイナー・プロデューサーとしてグッドデザイン賞の受賞は10回以上。デザイングループリーダー、開発企画部長などを務めながら、多くの新商品を立ち上げた。2002年発売のシステムキッチン「サンヴァリエ・ピット」では、特殊な収納機構である「ドアポケット」を企画し、「パタパタくん」の愛称とカンガルーの着ぐるみのCMと合わせ大ヒット。
その後サンウエーブがトステム・INAXなどとともに株式会社LIXILとして統合、現職に至る。近年ではシステムキッチン「リシェルSI」において、「セラミックトップ」を企画しヒットにつなげている。

<趣味・特技>
家では音楽鑑賞(1950~60年代のジャズを大型のオーディオシステムで大音量で聴く)。外ではフライフィッシング(渓流などでトラウト、海ではボートでシーバスを狙う)。